マレーヴィチのシュプレマティズム、あらゆる創造は熱量とコンポジション

マレーヴィチの絵を知ったのは、美術の教科書または画集、あるいはザ・レインコーツ『ODY SHAPE』のアルバムだった。

顔のない顔と、頑丈に立つ人らしき人、調和の取れた色彩と効いた黒、内に孕んだ力強い画面。絵と同様、『ODY SHAPE』は不思議な感覚に酔う生き生きとした音楽だ。主義という主義がない主義のザ・レインコーツは純粋で媚びてなくていい。絵画と音楽はリンクしている。

マレーヴィチ『黒い正方形』シュプレマティズムの世界観


『黒い正方形』は、地球の底か、絵画の底か、その衝撃は私には訪れなかった。宗教的感覚もなければシュプレマティスム(絶対主義)もわからない。だって■(四角)だよ、その意図を汲み取る能力は私にはなく、絶対主義絵画以外のマレーヴィチが私の中のマレーヴィチであった。

気になってマレーヴィチを探れば、およそ100年前に絶対主義を確立させた影響力すさまじい画家だった。いや、思想家、デザイナー、教育者などなど。二十歳そこそこの私にはそのスケールは遠すぎる大きすぎる宇宙のような対象で難解すぎた。人間味のない世界にも見えたのだ。


立体未来派、シュプレマティズム、構成主義の芸術家たちを代表とするロシア・アヴァンギャルドの活動は一言で言い表せないほど後の現代においても影響を与えた芸術文化である。ロシア革命(1917年)前の混沌か、いや前進していく渦中か。退廃した現代に生きる私には悲しいかなその興奮はない。100年前のその時はアヴァンギャルトの感覚冴え渡って、人間のエネルギーが機械化と比例するかのごとく最大値まで加速している。

時々思う、工業化機械化全力の時代に生きる人はなぜこんなにも創造し、活力がみなぎっているのであろうかと。目まぐるしいパワーは絵画だけでなく、演劇や映像、建築から家具や食器、インテリアなど日常に触れるあらゆるものへも相互作用し、あらわれてくる。マレーヴィチだけでなくロシア・アヴァンギャルドのこのムーヴメントは大衆を巻き込んでいくようで面白い。その後のタトリンの「第三インターナショナル記念塔」(1919年構想)が、もし私の町に建設されるとするならば、ただものならない威力が我が町に襲ってくるかのようで圧倒的な物体のパワーとして捉えざるをえない。なぜ前衛はそれをなし得たのだろうと、私はそこに驚きを見る。




だが、1929年スターリン体制が確立し、ロシア・アヴァンギャルドは活動の場を失っていき、それらの活動は閉じてしまうことになる。しかしながら、今、私が手にするあらゆる商品や建築、風景は、ロシア・アヴァンギャルドの影響を抜きに語れない。ミニマル、シンプル、ユニバーサルデザイン、iPhoneなんかもすべてこの影響下である。

改めて『黒い正方形』をはじめ、シュプレマティズムの絵画を眺めると不思議とリズムと重量を感じる。四角が重かったり軽かったり、相互に譲り合ったり近づこうとしたり、共鳴する音のようだ。地球にいる速度と宇宙の速度が違う感覚とか、存在するのに存在しない物質を見ているような、根源的なものが現れているようにも感じる。100年後に私が生きている現代は、物体のエネルギーを感じる物体はもはやなく、仮想という物体ではない物体にエネルギーが宿っている。

あらゆる創造は熱量とコンポジション


家の外では雪が降っている。《雪は水が氷の結晶となったものなのである。》自然は変化し人間も変化していく。《もともと日光の中には赤も黄も緑も即ち虹の七色があって、これらの色は光の波長のちがいから生じているのである。即ち色々の波長が光の集りである。》そして、スマホやテレビやパソコン、本や絵画は四角(■)である。地球は丸いし、レコード、CD、タイヤも円(●)である。

点にもならない私の歴史を振り返れば、あらゆる歴史はその存在を知った時点で私の記憶の歴史となり、線(ー)を引くように私が私自身を構成していっている。縦や横、外と内、あちらを見ればこちらも見えて、繋がっていきもすれば分裂もする。すべての歴史や物事を網羅することはできないけれど、自分の中で構成され、広がっていく。

絶対なんてないと思って生きてきた私には、絶対主義と断言するマレーヴィチの世界がわからなかった。今もわかるとは言い切れない。でも自分が見た、感じたことを絵画にあらわそうとした時、それは絶対に近づく行為であり、その行為は絶対のための絶対である。であれば、無対象と言う概念も観念であろうとなかろうと、それは絶対なのだ。だからそこへ向かう。

《白のシュプレマティズムにおいて、ついに無限の空間、絶対的な無限の世界を開示し、絶対主義絵画を確立した。》物とか事とか人ではない。マレーヴィチの熱量である。そこに私は追いつけないでいる。でも、絶対的に感じる熱量がある。時代とともに生きる熱量と、熱量からの創造。人間は創造する生き物だ。

と、ちょっと私の頭は複雑に絡み合ってしまったのだけれども、言葉が追いつかないほど探求していくマレーヴィチって、凄いと思うのであった。



※参考文献/画像出典元:『世界美術大全集 第28巻』小学館(1996)「ロシア・アヴァンギャルド 前衛芸術の開拓者たち」新田喜代見

※参考文献:中谷宇吉郎『雪』青空文庫

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