ディス・ヒート『偽り』とホルンバインの髑髏

ハンス・ホルンバイン『大使たち』をみて髑髏を認識したとき、ディス・ヒート『偽りディシート』が聴きたくなった。相変わらず脳天に突き刺さる音と気持ちの高ぶり。抑えられない衝動。
この衝撃はなかなか現れない。

ハンス・ホルンバイン『大使たち』と髑髏

Hans Holbein ハンス・ホルンバイン(子)1498年-1543年

ルネサンス期に活躍した肖像画家。ドイツ・アウクスブルクに生まれる。
宗教改革がドイツに社会的、政治的に混乱をもたらし、妻子を残して30歳前に単身でロンドンに渡る。イングランドの国王ヘンリー8世に気に入られ、宮廷画家となる。

『ジャン・ド・ダントヴィルとジョルジュ・ド・セルヴの肖像』(通称「大使たち」)1533年 
板 テンペラ 207×209.5㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー


『大使たち』は精緻で巧みな技巧の上、見どころが散りばめられている。目の合う高さ200㎝の画面を前に『大使たち』と向き合う。正面から見える名誉と栄華と賢知と若さ。

二人と目の合う「私」は、でも徐々に分裂していく。
正面からは見えない歪んだ物体は、確実な未来を示す「死」として左斜め下から現れる。
「メメント・モリ」死を忘れることなかれ。

跪く位置から髑髏を認識するアナモルフォーシス。目のない髑髏と目が合う。
右斜め上からも実態は現れる。神が見るような視線でもあるようで。
「生」は「死」とセットである。ヴァニタス。

寓意としての髑髏は虚栄に溺れぬよう、カルぺディエム「今を生きろ」と護符として描かれた。
「死」があるから「生」がある。

ディス・ヒート『偽り』と真実と不透明

THIS HEAT (ディス・ヒート)

1976年ロンドンのブリクストンにて結成、1982年に解散。
1979年『THIS HEAT』デイヴィット・カニンガムが主宰するピアノ・レコードよりリリース
1980年『health and efficiency』ピアノ・レコードとラフ・トレイドの共同リリース(12インチ・シングル)
1981年『DECEIT』ラフ・トレイドからリリース


「偽り」とは何か。
虚り↔︎真実、それ自体を見極めるのは極めて難しい。
虚りも真実もその文脈の中で相対的にしか存在しない。
真実があるから、虚りがある。真実だけの世界なんて、ない。
またしても分裂が生じていく。

実際のこの現実は、表面的にただ過ぎていく。底に眠っている。
クリアで透明な世界なんて存在しない。
不透明がリアル(現実)なのだ。
その不透明は分厚くて深くて豊かだったりするけれど、でも徐々にまた見えなくなっていく。

『偽り』の破壊するリズムが、私の衝動と重なって、ズレた現実が内面化する。
現実がズレていく。
見えない不透明な世界に私がいることを私が認め、そこからの解放を望んでいる。
時々破壊し、時々透明な光が差し込んでくる。
わけのわからないこの世の中で何が現れてくるのかはわからない。アナモルフォーシス。

health and efficiency『健康と能率』 

『大使たち』でディス・ヒートを連想するわたしは、だとすると、破滅的で悲観的に世界を見ているのか?いや、そうでもない。

胸が張り裂けそうなほど私を過熱するディス・ヒートの音楽は、「生を生きろよ」と渦を巻きながら伝わってくる。

目のないそれに呼応する。「メメント・モリ」「死を忘れることなかれ」「カルぺディエム」「今を生きろ」



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