楽しいことばかりでは無いです。

楽しいことばかりでは無いです。
割合でいえば、一割面白ければ相当幸せだと思います。

と、年内の仕事を終えた日に綴ろうと思っていましたが、どうも最近暗い内容になりがちなので二行で終わったままでした。

志賀高原・焼額山

なので、せっかくの連休を楽しもうと志賀高原(焼額やけびたい山)へスキーに行ってきました。小学生の頃にアルペンスキーの部活に入っていたので今でも滑れることは滑れます。でも、意外とアルペンスキーは体力が必要でして年を重ねるたびに実感します。滑り降りるだけなのにじつはものすごくGがかかっているそうです。

久しぶりのスキーに不安はありつつも、志賀高原の雪質は良く、重い雪に足を持っていかれることなんてなく、すらすらと板が滑りました。さすが志賀高原、寒いだけある。
パウダースノーと景観の美しさ。キラキラ輝く樹氷と白の世界は眩しくて本当に綺麗でした。

帰りの悲劇

しかし、存分に楽しんだ帰り道、悲劇が待っていました。

道の駅で休憩しようと車を降りた瞬間、フロントドアに右手人差し指が見事にパタンと挟まっていたのです。挟まれた指の光景に虚をつかれたのも一瞬で、激震すぐさまドアハンドルを開け指を解放しましたが、みるみる激痛、痛すぎてうずくまり、声を押し殺してもがき、耐えようとも耐えられない痛みが襲いかかってきました。立っていることもできず、痛みを抑えることもできず、歯を食いしばり、涙が溢れ出てきます。痛みに集中するしかないのです。

ああ!!!なんてドジなんだろうと自分にあきれ、自分の失敗でしかないのに、どうしてくれようか。恐る恐るその指を見れば爪半分は青黒い内出血と凹みと指がちぎられるのではないかという感覚しかないのです。外は暗く、気温はマイナスの寒さの中、消雪パイプの水が私にかかろうと、のたうち回ることもできず、しばらくうずくまって耐えることしか出来ませんでした。

雪道の中、2時間かけて救急外来に向かい、レントゲンをとってもらい、幸い骨の破壊はなかったものの、ロキソニンで安静にするしか手当てができないこの年末。それでも対応してくれてありがとうございます。そして同乗の彼がいろいろと対応してくれたこと、気を紛らす会話をしてくれたこと、感謝しかありません。

大晦日の夜に思う

大晦日の今、こうやって文字を打つことは出来るようになりましたが、なんとも不自由な生活になってしまい、あらためてケガには注意しなければならないと誓うのです。が、ケガは注意していない時に起こるもので、であれば、常になにかしら身体を動かす時は慎重に注意しなければならず、年々体が鈍くなっていくものではあるのだから、これ如何に。などと思ってしまいます。

世の中にはこういう自らの不注意でつまらないケガをしたことが無い人もいるだろう。運、不運ではない何かが働いていると思う。私の場合、一瞬の、ほんの隙に、気を抜いた意識が行動に現れた結果である。はあ。
まあ、スキーで転倒し骨折してしまうことに比べれば、このケガは大したことではないのだろうが、それにしても利き手の人差し指が使えないのは不便で、年明けの病院を待つしかない。


母は2度指を挟まれた経験があり、なんで挟まれるのか理解出来なかった私は、今ならわかる。ああ、似るものなのだろうか…とケガの程度をおもんぱかって笑い話をする母を今は受け入れられるほど痛みはひいている。でも、そのうち爪が剥がれ、新しい爪が生えてくるまでに1年近くはかかるそうで、それをこれから体験していかなければならないことを私の指はまだ知らない。来春ゴルフはできるのだろうか、冬場の水泳も当分無理だ、などと思うように身体を動かせないもどかしさがやってくることをまだ受け入れられない。

皆様、本当にお気をつけて。

雪が降り、路面は凍り、危機管理なんてできないわけで。危機は管理できないから危機なわけで。程度の違う次元の出来事ではありましたが、悲惨な出来事に遭ってしまったらその時どうしなければならないか、を冷静に判断するしかない。ただ、予測、可能性から悲惨な状況を回避することはできるということを我が身をもって痛感。

だから楽しいことが喜びです。

楽しいことばかりでは無いです。
割合でいえば、一割面白ければ相当幸せだと思います。

と、まあ、やっぱり暗い内容になってしまったのですが、私の指は回復へと働いてくれていて、それ以外の指でキーボードが打てて幸せに思います。良いお年を!




Comment

タイトルとURLをコピーしました