コーヒーカップと〇〇さん

トイレで人となり

トイレの使い方で人となりがわかる。

汚したトイレを、誰かが、掃除している。

トイレの使い方に人間性が出る。

掃除をしているとわかる。


他愛ない会話

10年以上も前の話だが、私は11階建高層建物の4階にある会社に勤めていた。

各階に男女別のトイレがあり、便器が2つ、壁にはめ込まれた大きな鏡と洗面台、

ちょっとしたサニタリースペースもある女子トイレだった。


トイレなどの共用部分は清掃業者に委託している。

いつもトイレを掃除してくれる女性がいた。

70歳は過ぎていたのかな?

背中が曲がっていた〇〇さん。

かわいらしい笑顔とゆっくりと話すテンポが心地よい。


私にとってトイレは息抜きの場だった。

社内では話せないことを言える場でもあった。

いつも綺麗でピカピカだった。


いつの間にか〇〇さんと話すことが増えていた。

最初は挨拶だけ。

勤務中だから長話はできないけど、

天気のこととか、食べ物のこととか、

覚えていないくらい他愛ない会話。

でも、その束の間の時間が、閉鎖的な社内の空気から私を解放してくれた。


コーヒーカップと〇〇さん

数年後、〇〇さんが時々いない日が増えた。

数ヶ月後、〇〇さんはこの仕事を辞めることにするの、と言った。

寂しい気持ちになった。

夫の介護が必要だからと、事情は聞いてはいた。

曲がった背中で大丈夫なのかと、胸が締め付けられる気持ちになった。



暗い顔をする私に〇〇さんは、

 「あなただけだったのよ、わたしと話をしてくれたのは。

  楽しかったね。ありがとね。

  お仕事頑張ってね。」


そして、最後の日に、

コーヒーカップとタオル地のハンカチをくれた。


 「あなたに似合うと思って。かわいいでしょ。」

 「うん、かわいい。大事に使うね。」


照れながら言う〇〇さんがかわいらしかった。



それから数年後、


わたしも会社を辞めていた。



ありがとう

あれから随分経ったけれど、

私も今の勤務先でトイレ掃除をしている。

お客さんも使うから気をつかう。

綺麗にしても汚してくれる。

気分がいいはずはない。

ため息も出てしまう。

でも我慢して掃除をする。



〇〇さんを思い出す。

いつも笑顔だったけど、

ため息つくことも多かったんじゃない?


汚した便器を、誰かが、掃除している。


〇〇さんがくれたコーヒーカップを横に、私は仕事をしている。

サイズがちょうどよく、割れることもない。

嫌なことがあってもカップを触ると励まされる。



あの日の「ありがとう」が本当に嬉しかった。

こちらこそ「ありがとう」です。

どんなにあの時の言葉が私を支えてくれていることか。



〇〇さん、お元気にしてますか?





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